咎もなく誉もない日々

そうでない人がそれなりにやっていくブログ

「そのパジャマ、推しが泊まりに来たときに着てもらえる?」

嫌と言うほど売られてる女性向け自己啓発本にありがちな表現なんですが、「自分をおろそかにしちゃダメよ」という文脈で、「家だからヨレヨレのパジャマでいいや、って思うなら「推しが泊まりに来たときにそれを着てもらえるか」って考えましょう」とかいうのがあります。

でも、来客に対するおもてなしって「その来客がなにを好むか本当にはわからない、ゆえに自分が考える最上のものをお出しする」ということになってるだけであり、本当に自分軸で考えるなら、「推しがそのヨレヨレのパジャマ着てたら幻滅しますか?」って問いにならないかな?私は、推しがヨレヨレパジャマ着てたら、「愛着あるものは捨てられないタイプなのね、可愛い」って思うだろうし、着慣れたヨレヨレパジャマ着る行為によって推しが自分を雑に扱ってるとは微塵も思わないよね。

相手が推しならたかが着るもの持ち物で価値が毀損されたり上がったりすることはないんですよ。(まあ、カルト丸出しの似非健康グッズとか使ってたら「お、おう」とはなるけど・・・)

同じ文脈で「いつ推しが来てもいいように片付ける」ってのも微妙で、たとえば推しの部屋がすっごい汚かったら嫌かな? 自分なら「人間らしくていい」と思うし、散らかっている物たちからその人の生活、好み、生き方を読み取って嬉しくなりそう。(まあ、衛生的に難がある状態ならさすがに心配になるけど・・・)

思うに、冒頭の考え方って、自分が自分の召使になる考え方じゃない?そういう一人二役をやって自己肯定感を高める方法もあるけども、現実的には「自分こそが自分の城の主人であり、その上で城主自らが城を取り仕切ってる」ですよね。それなら「推しをもてなすように自分をもてなす」よりは「推しがやってゆるせる行為は自分がやってもOK」ってほうが生きやすい気がします。