咎もなく誉もない日々

そうでない人がそれなりにやっていくブログ

サイコロきっぷで行く瀬戸内アイランドホッピングの思い出 6(完結)

眠って起きて、ホテルの朝食はバイキングではなく端正な感じの定食で、毎回「良いホテルなんだから洋食一択だろ」って思うんだけど、京都のパンはだいたいレベルが高すぎるがゆえに、相対的に「パンが……」ってなることが多い。
今回も同じミスをしてしまった。旅先の朝食は和定食にすべきである。(新潟民は、逆に「米が……」ってなるのかもしれない、というかたまになってるのを見る)

今日は夕方まで呉観光だけどわりとノープランだったので、昨夜、酒狸でいあわせた提督さんに呉の見どころを聞いたところ、

  • 大和ミュージアムとてつのくじら館
    • ここはいくつもりで、ミュージアムチケットつきの宿泊プランにしてあった
  • 入船山記念館で伊勢と日向の展示をやってる
  • アレイからすこじまからは潜水艦がすぐそばで見える
  • 歴史の見える丘から、ドックにいる「かが」が見える
    • クルーズで海からは隠れてて見えなかったので、これは見に行こうと思った。
  • 呉の名物は冷麺らしく、「呉龍」さんのワンタン入り冷麺が気になってたけど、月曜休みということで断念した。
    • ということで翌日のランチは酒狸さんのカレーを食べることにした。2日連続で同じ店に行くのだからかなり気に入ったということです。

などが候補に上げられていた。

よっしゃ回るぞ。とりあえず、昨日のクルーズ同様、ゆるっと大和ミュージアムまで歩く。すでに日が高くのぼってて暑いし、相変わらず足は痛い。夏休みなので家族連れも多い。

企画展「海軍を描いた作家」がすごくよかった。吉村昭が好きだけど海軍モノは意外に読んでなかった。むちゃくちゃな物量の資料で、小説書くってここまでしないといけないんだよなーと気が引き締まった、というか、小説書くの無理だと思ったわ。
yamato-museum.com

見応えがあるミュージアムだった。教育施設としてちゃんと作られてる。

そして「てつのくじら館」。自衛隊のPR施設でもあるので入場は無料。主に掃海作業にかかわる展示がある。
本物の退役潜水艦「あきしお」に入って見学できるのがウリで、潜水艦はむちゃくちゃ狭いし、こんな狭いとこに屈強な男性がひしめいてる生活環境大変そうってしみじみと思わされた。

その後、バスで酒狸さんのある「眼鏡橋」まで移動。ここで「呉24時間パス」のデジタルチケットを購入して、24時間市内中心部のバスに乗り放題になった。
www.hiroden.co.jp

酒狸さんのうんりゅうカレーは潜水艦のカレーだなあという濃厚系の味。ちょっと中華の料理法が入ってるらしい。ハーフサイズがあるのが低燃費の中年女性には助かる。前に海自のカレーフェスで優勝した潜水艦隊のカレーレシピを再現したことがあるけれども、かなりルーを入れる濃厚な味だったし、あんな狭いとこで屈強な男性がひしめいてる生活環境なんだから、これぐらいパンチきいてないと食べた気しないだろうなと思っちゃう。

呉の海自カレーは、単に艦艇から提供された再現レシピを作ってるのではなく、それぞれの艦艇のシェフがチェックして「これがうちの船のカレー」ってお墨付き出せるクオリティに仕上げてるらしいよ。

食べ終わり、徒歩で入船山記念館へ。ここらへんは「この世界の片隅に」の聖地らしく、マップがある。

「青山クラブ」跡の角を曲がり、風情のある赤レンガの建物が並んだ坂を登ると美術館と入船山記念館がある。

美術館「日本のポスター展」なんてやってるんだって思ったら京都工繊大の収蔵品だった。旅先で母校の収蔵品展に出くわすのは妙な気持ち。工繊大の学生でも専門外だと資料館なんて行かない人が多いけど、私はポスターとか好きだし多少美術趣味あるから開館してる時には入り浸ってた。人いないし快適だったんだよな。

入船山記念館は、もともとは呉鎮守府の司令長官の官舎で、敗戦後はBCOFに接収されていたところ。官舎は復元されて、中も見学できる。和洋折衷で面白い。

晩餐メニューが再現されている
渋い和室もある

歴史民俗資料館で展示も見た。伊勢と日向の乗組員の使ってたさまざまな物品とか艦内新聞が面白かった。戦艦はたくさんの乗組員がいるからわりと社会生活を送ってる感じがある。

その後、病院の前からバスに乗り、歴史の見える丘へ。
ここの小さい公園には大和の記念碑があって、おりしも8月8日は大和の進水日。そういうこともあってか、そのへんに人はぽつぽついたし、お供えものもあった。

昨日は隠れてて見えなかった改装中の「かが」もしっかりチェックした。あれくらいのサイズになると船というより建物ぐらいの感じになる。

そしてこの日もまた暑くてだんだんぼんやりしてきたし、足も痛くなってきた。再度バスにのり「アレイからすこじま」に向かう。
しかし、なんというか「普通に道から潜水艦が見える」みたいな無造作な感じで、なにかがあるというわけではなかった。ここまで無造作に潜水艦が近いと「潜水艦だねえ」という感想しかない。座れる施設みたいのがあるだろうという見通しがあって、お茶でものもうと思ってたけどコンビニしかないし、戻ってきたバスに乗ってそのまま市街中心部に戻ることにした。

このバスは繁華街である「中通」あたりも通るのだけど、あまりにも消耗が激しかったからバスから降りる気力もなく駅まで戻った。初日に駅ビルを探検してくつろげるような店がないのもわかっていたし、しょうがないからロッテリアに腰を落ち着けた。
今になって冷静に考えると、そこまできてロッテリアでもあるまいと思うのだけど、それだけ消耗してたということなのだと思う。特大のアイスコーヒーとアップルパイを頼み一息ついた。

この時点でまだ帰りのリミットには余裕があった。
うまいこと電車のルートを考えて駅メモで新駅稼げないかとも思ったし、もう呉の街でどこかに行くという気持ちでもないから電車に乗ろうとコインロッカーから預けた荷物を引き取り、改札口から入構したらなんか違和感がある。
日傘がない。日傘、この夏買ったばかりでコンパクトで軽くて可愛く、けっこう気に入ってたのだ。

駅から必死でさっきいたロッテリアに電話をかけるも、なかなかつながらず、やっとつながったがロッテリアにはないとのこと。酒狸から入船山に行く時点では日傘をさしてた記憶がある、というかあの日差しで日傘ないのは大変だし、だからアレイからすこじまでもさしてたはず…。それならバスの中かとも思うけど、バッグに突っ込めるサイズだから畳んだ状態ならバッグに入れてるよな…。

焦ってたら電車が来たので乗る。

そんなに馬鹿高いものではないからもう一度買えばとも思ったけど、買ったネットショップでは完売している。
落ち込みながらも途中の乗換駅でバスなどにも問い合わせるも手がかりがなく、売ってるネットショップを探すもやはりどこも完売。
落ち込んでたらお腹が空いてきた。

尾道での乗り換えは30分ほど時間がある。回転早そうな駅前ラーメンなら尾道ラーメンチャレンジできるかもと飛び込み、小サイズの尾道ラーメンを食べた。

ついでに駅前のお土産もの屋さんを除くと、レモンのビールとかチューハイとか普通に売ってた。そういうのがずっと飲みたかったんだけどあんまり売ってなかったので、ここで買い込んだ。

あとは福山で新幹線乗って新大阪まではあっという間。荷物が重いから京都駅での乗り換えより大阪まで行って始発の阪急で座るほうが良いという判断になった。

総括すると楽しい旅だったけど、途中の暑さはやっぱり厳しかった。カフェ系については事前リサーチしていくべきだったと思った。ある程度大きめの街だからよさそうなカフェぐらいあるだろうと思ってたら予想以上になかった。
何があって何がないかって行ってみないとわからないし、わからないところが旅の面白さではあるけど、ロッテリアって選択はさすがによくなかったと思う。

今回の旅程は全体に面白かったからまた気候のいいときかイベントある時に行きたい。日傘は結局見つからなかった。

後日

母に尾道から海沿いに呉に行った話をしたら、母方の曽祖父母が呉出身であるという話が出た。もともと曽祖父は呉の工廠で軍艦作っていて川崎造船所に転職して神戸に引っ越してきたのが母方のルーツらしい。親族との折り合いが合わなかったところ川崎から引き抜きがあったとか母は言ってたけど、兄に話を聞くとダブル不倫の末の駆け落ちであるとのこと。

言われてみれば、母方の親戚はとても少なく、祖母もその兄弟も当時としては結婚が遅かった。おそらく彼らには親族の伝手といったものがなかったからではないだろうか。そして、祖母の結婚相手である私の祖父も幼いころに両親を失くしていて親戚との縁が薄い。あの2人がどういう伝手で出会ったのかと思ったけれど、祖父は戦前は小さい鉄工所を営んでいたというので、おそらく曽祖父の仕事つながりではないだろうか。

私が物心ついたときには曽祖父は亡くなってて、曾祖母だけが生きてた。縁側でニコニコしてる典型的な日本のかわいらしいおばあちゃんだったけど若い頃はいろいろあったのだ。人に歴史あり。