自分の思う「ちょうどよさ」って、なんだろうかと考えてみた。
無理がなく、背のびもなく、さりとて卑下もしない。
誰かから何かを搾取してなりたつものではなく、持続可能性があって、ことさらに目を引かず、人の笑顔の妨げにならない。
自然に見えるけれど自然には成立しない、さりとて杓子定規な規範にとらわれもしない。
うまく説明できないけど感じがいい。ちょっとかっこいい。でも、かっこよすぎない。
最高を追い求めるのではないけど、妥協でもない。「それでいい」ではなく「それがいい」なのだ。
とはいえ「肴は炙ったイカ"が"いい」って言っちゃうかというと、いやそこまで「イカがいい!」って主張するほどの強さはなくて、やっぱり「イカでいい」と言ってしまうかもしれない。それでも、生牡蠣でもウニでも金目の煮付けでもなくて、ここは炙ったスルメイカの一夜干しだよなーという、そういうところに「ちょうどよさ」はある。
もしも、あいにく「イカ終わっちゃったんですよ」っていわれたら「んじゃあ、おすすめなに?」って言って出てくるものに期待するのも、またちょうどいい感じだと思う。そういう出会いをやわらかく楽しみたい。
考えてみると「最高」を選ぶのは財力にものを言わせればできると思う。でも、自分にとっての「最適」を選ぶには知恵がいる。そういう知恵を養いたい。それは、自分の中で積み重ねてきたものを編集するような作業だと思う。
たとえば、自分は爪をだいたいベージュ系の半透明の単色で塗ってて(めだたない細かいラメやパールは許容内)、長さはネイルベッドから2-3mmぐらい。それが一番落ち着くのがわかった(たまにネイルアートっぽいことをやってみるけど何だか自分らしくなくて続かない)のだけど、そういうのをいろんなところで見つけていきたい。
生活面で今年やろうとしていること
- ベランダにローズガーデン作る(京都に来てからはやってなかった)
- 服の趣味にもうちょっとうるさくなる(間に合わせで服を買わない)
- 恋人にちゃんと休肝してもらう(というか、一緒に休肝日を乗り切る)
- いったことのない場所にいく(去年、いろんなところにいってよかった)
- 収納からあふれてるものを見直す(家は自分の器なのであふれるべきじゃない)
- 体重減らす(毎年言ってる。自分の服の趣味と体型があってないと思う)
- 野菜食べる(坂の途中さんの宅配頼んだ)
- 好きなこととかもの、生活の話をもっと書く(ブログ移転して書きやすくなった)
- 写真うまくなる コンデジ持ち歩く できれば買い換える
- 携帯キャリア見直す(通信費がかかりすぎてる)
- ガチャは控えめに。無駄遣いしない。というかお金のこともっとちゃんとしたい。
- ヒールある靴で通勤距離歩けるようになりたい(3kmぐらい、前は平気だったのに。靴を選べばできるんだろうか)
- 謎の慢性的な身体の痛みを治したい
- 着物着れるようになりたい
あたたかく、やわらかく、ゆるぎなくありたいものです。